派遣 vs 正社員? 時代映すCM

「散策・労働の小径」第3回(『ひろばユニオン』2012年3月号)


派遣 vs 正社員? 時代映すCM


派遣会社のCMが受けている。登場するのは、人気女優と、誰もが知っているアニメキャラ。ふり返れば、労働市場ビジネスのCMが本格的なスタートを切ったのは、規制緩和が大きな契機だった。

派遣社員のヒットCM
 07年末にリクルートに買収されて以来、鳴かず飛ばずだったスタッフサービスのTVCM「オー人事」シリーズが、今年に入ってから久方ぶりにヒットを飛ばしている。いま一番輝いている女優のひとり、多部未華子(通称たべちゃん)を起用した「派遣社員サイボーグ022・グッジョブ.私!正しいがんばり方」である。
 職場のスーパーお助け人として活躍するたべちゃんのサイボーグはまさにはまり役。綾瀬はるかが演じたサイボーグ(『僕の彼女はサイボーグ』、08年)の切なさもよかったけれど、今回のたべちゃん・サイボーグの不思議系も見事にキャラ立ちしている。これをふくらませると映画のネタになるかも。
 「サイボーグ022」という中途半端なコードネームは、スタッフサービスのフリーダイアル番号「022=オー人事」に由来する。神山健治監督によるアニメ版CM「正社員サイボーグ003」と対をなす企画だ。
 「サイボーグ003」とは、アニメファンなら誰でもご存知の石ノ森章太郎原作『サイボーグ009』のヒロイン、フランソワーズ・アルヌールのこと。神山健治監督は、この名作のリメーク版『009 RE:CYBORG』を、今年秋の封切に向けて鋭意製作中だ。同監督のサイトの掲示板によれば、「サイボーグ003として出演予定のフランソワーズ・アルヌールが、株式会社スタッフサービスと広告契約を結びました!」とある。この辺の凝った設定にも、今回の「オー人事」CMの企画に担当者がかなり入れ込んでいる様子がうかがえる。
 「正社員サイボーグ003」のテーマは、「間違ったがんばり方」。「超聴覚」と「超視覚」の能力を職場でもフルに発揮するフランソワーズ君なのだが、同僚や上司のプライバシーをバラしてしまったり、課長を気絶させてしまったりと、ついつい「間違ったがんばり方」をしてしまう。そこで今度は、「正しいがんばり方」をしてくれる「サイボーグ022」が登場するというわけだ。
 このCMの優れているところは、雇う側からみた「正しいがんばり方」と同時に、働く側から見た「望ましいがんばり方」についても提案していること。とてもうまくできているコピーなので、やや長いけれど引用しておこう。両者の「仕事に対する姿勢」を次のように対比させている。
 まず、「派遣社員サイボーグ022」の場合、「基本的にはマイ・ウェイ・マイペースであるが、仕事で困っている人をみかけたときには、自分らしく解決する。プライベートを充実させることで、仕事にさらに力が発揮できると考えている。」
 これに対して、「正社員サイボーグ003」はというと、「たとえそれが自分の気持ちを傷つけるとしても、たとえそれがひどく理不尽なことであっても、世界と組織のためには仕事を遂行するべきと考えている。多忙な毎日のせいで、プライベートの楽しみ方に疎くなっている。」
 前者のような「望ましい働き方」と、後者のような「こんながんばり方、イヤ」という働き方を、派遣と正社員という雇用形態に対応させて、なんとなく流れで納得させてしまうところがこわい。よく考えれば、そんなはずはないのに、このように派遣と正社員の働き方を対比してしまう先入観が徐々に形成されつつあるのは、残念ながら否定しがたい。そして、ドラマもCMもそうした風潮を助長する。時々クールに反省してみる必要がありそうだ。

CM変えた規制緩和
 さて、振り返ってみると、CMが仕事について積極的に語るようになったのは、比較的近年のこと。そもそもCMは、企業が提供するモノあるいはサービスがいかにすぐれているか、魅力的なものであるかをユーザーにアピールするものだ。労働市場という特殊な市場には、CMが目的とするような商品の売り込みは本来なじまない。また、実際、かつてはその必要もあまり感じられていなかったのだ。
 しかし、1990年代に進展した労働市場規制緩和は、労働者派遣、職業紹介等々の各種労働市場サービスのビジネスチャンスを拡大し、次第にこうした状況を変えていった。そして、97年に、スタッフサービスのTVCM「オー人事」シリーズが開始される。平成後期不況の到来とともに、日本の経済構造、労働市場構造が大きく転換するこの年に、労働市場ビジネスのCMが本格的なスタートを切ったのは、いま考えてみれば象徴的なできごとだった。
 「部下にめぐまれなかったら」「上司にめぐまれなかったら」「オー人事オー人事」というコピーのもとに数々の名作が生まれ、多くの人々がこのCMシリーズの絶妙のテーマ設定とシナリオに共感し、ブラックなユーモアを楽しんだ。「そうそう、職場の現実ってこんなものだよ」というパパのコメントが妙にリアルだったとしても、当時は、そこで描かれている市場志向型への働き方の変化が、まさかわが身にふりかかろうとは、誰も想像していなかっただろう。
 それから15年後の今日、派遣社員はお茶の間の話題にもなるくらい日常化し、3人に1人はさまざまな非正社員の雇用形態で働くようになった。まさに様変わりである。

就職難 多彩なCM
 いまでは、スタッフサービスだけではなく、就職情報誌やキャリアアップの教育ビジネスなど、さまざまな労働市場サービスに関するTVCMが流れるようになった。いずれにも共通するのは、今日の厳しい就職事情、雇用情勢を背景に、仕事探しの辛さと職業生活の哀歓をベースとするテーマで人々の共感に訴えようとしていることである。そして、かなりの傑作を生み出している。
 身につまされるような傑作の例をあげると、例えばアルバイト求人情報誌DOMOの「正社員発見編」(07年)は、山の中を何日間も捜索した挙句に発見されたくたびれ果てた正社員を描いて、DOMOだったら「正社員もバイトも見つかる」とアピールする。ブラックすぎるユーモアにはちょっと笑えないけれど、印象に残る傑作だった。
 学生向けの就活情報誌マイナビは、超氷河期の就活に苦しむ学生たちを勇気づけるために、人気バンドflumpoolによる就活応援委員会を立ち上げ、書き下ろしの就活応援ソング「フレイム」(3枚目のシングル)を行定勲監督のメガホンにより映像化した(10年)。就活の辛さと青春の切なさをダブらせて、グッと胸に迫るものがある。
 思うに、およそ文化的コンテンツは、「困難な時代」ほど傑作が生まれるのかもしれない。CMもまた然り。とはいえ、CMが苦難の職探しと仕事の苦悩をテーマに人々の共感を呼ぶような不幸な時代には、あまり長続きしてほしくないものだ。