【書評】『よみがえれホワイトカラー』

(『平和経済』No.395,1995年1月号,pp.31-35)

今野浩一郎監修・松下電器産業労組研究所連合支部最適労働プロジェクト編
『よみがえれホワイトカラー―挑戦意欲をかきたてる最適シナリオ―』
(1994年,工業調査会刊),271ページ,ISBN-10: 476936105X,ISBN-13: 978-4769361053

             鈴木不二一(連合総研研究員)

技術者からのホワイトカラー活性化策の提起

後世はひょっとしたら今の時期の日本の出版界を「ホワイトカラー物ブームの時代」と呼ぶかもしれない。ちょっと大きな書店のビジネス書のコーナーに行けば,「ホワイトカラー」を直接表題に掲げたものだけでも,短期間ではとても読み切れないほどの量の書物が並んでいる。このままいけば,そのうち大型店にはホワイトカラー・コーナーが出現するかも知れない。それだけ世間の耳目が集まっているのは,昨今のいわゆる「ホワイトカラー危機」に対するジャーナリスティックな興味もあろうが,同時にまた現代日本の産業社会がホワイトカラー問題を基軸に旋回しつつあるという時代の趨勢の反映ともいえよう。さて,あまたある類書の中で,本書は3つの点できわめてユニークな特徴を持っている。1つは,本書が評論家や経営コンサルタントなどの外部の目から見たホワイトカラー論ではなくて,実務の現場で働くホワイトカラーが中心となって,研究者との共同作業を行う中から生みだされた成果だという点である。まさに内側からみた,ホワイトカラー自らの「働き方」の現状と課題および将来展望についての問題提起の書であるといえる。
2つめの特徴は,本書の執筆者はいずれも技術者であって,ホワイトカラーの中でも一種独特の雰囲気を持った「技術屋」の世界に身を置く人たちだという点である。このことは,本書がホワイトカラーのキャリアや人事処遇制度を主に取り扱いながらも,通常の人事労務管理の視点からする議論とはひと味違う,専門技術職の観点を鮮明に打出した具体的代案の提起に反映されている。
3つめは,著者たちが日本を代表する大手電機メーカーの労働組合の中のR&Dの最前線を担う「技術者のブランチ」に属するアクティブなメンバーだという点である。日本の大手の企業別組合は,たいてい研究所支部と名のつく事業所組織を持っている。しかしながら,技術の最前線にいる技術者組合員からの情報発信はこれまでそれほど多かったとはいえない。技術者の職業的運命に関わる問題提起が技術者の労働組合組織を通じて一書にまとめられたことの意味は決して小さくはないだろう。
本書の主題は,技術者を中心としてホワイトカラー活性化のための人事制度面での「最適解」を探ることである。なぜ技術者に着目するのか。それは単に著者達が技術者だからという消極的な理由からではない。現在,日本の産業社会では「ホワイトカラーの質的変化を求める地殻変動が起きている」が,その核心には情報革命という技術変化のメガトレンドがあると著者たちはみる。
技術の高度化,大型化,融合化の動きに呼応して,企業の事業活動においては,製造,営業,販売の各分野の三位一体化が進行し,人事,経理,営業,技術などの各職能も技術を核にして融合する職際化現象が進む。現在のホワイトカラーの存在は,もはや既成の職能区分によっては十分に捉えきれず,様々な中間領域を含んだ銀河系(「ホワイトカラー・ギャラクシー」)のごとき様相を呈し,その中心にあって全体を統合するものは技術である。このように技術が社会構造や事業構造のメカニズムを作る本質」であり,「したがって,ホワイトカラー活性化の鍵は技術者が握っているといっても過言ではない」。ここには,いくぶんか論理の飛躍があるようにも思えるが,時代の先端を担う技術者の職業的誇りの表明ともとれよう。
では,技術者活性化のための方策は何か。それには多角的視点からの検討が必要であるが,重要なポイントは「評価」と「処遇」にある。「業務と賃金すなわち給与が適切なバランスを保ち,さらにそれが技術者の生活や誇りとも適切なバランスを保つ」こと,これが著者たちの基本的考え方である。その実現のためには,仕事の「評価」,「賃金」のあり方,業務の「裁量度」という3つの次元から構成される「ホワイトカラー活性化空間」の中で,それぞれが従事する仕事の性格に応じた「最適条件」を探る必要がある。一般的には,「評価」の面では「時間管理から成長管理への転換」,「賃金」の面では「画一的平等から合理的公平への転換」が,それぞれ求められるが,どの程度そうした方向での変化を促進したら「最適条件」となるかは仕事の性格による。
その際,著者たちがもっとも注目するのは業務の「裁量度」である。例えば,「業務の裁量度が小さい人に,年俸制や成果重視の評価をしてもミスマッチになるであろうし,逆に,業務の裁量度の大きい人に時間管理や査定幅の小さい賃金制度を適用してもやる気をなくすことにつながる」。それぞれの仕事の「裁量度」Jのレベルに応じて,人事制度のメニューにおける「最適」な選択も自ずと変ってくるというわけである。
こうした視点から,本書の後半では勤務形態,評価制度,人材育成,賃金体系,業務形態の5つの分野で,制度改善に向けての具体的な提言が行なわれているが,それらは単なるあるべき論ではなく,それぞれの主張を裏付ける根拠として,技術者を対象に実施した独自の意識調査の結果や,あるいは松下電器を中心とした事例などが丹念に紹介されており,説得力に富むと同時に貴重なデータをも提供している。
いかにも技術者らしい発想と文体に満ち満ちた本書は,個性的かつ魅力的な読み物である。かなり大胆な問題提起を行っている提言の部分に関しては,おそらく大いに議論のありうるところであろう。しかしながら,議論の枠組みや論点の整理そのものは,今日のホワイトカラー問題を考えるにあたって広い応用範囲を持っており,きわめて示唆に富む。その意味で著者たちの投じた一石は今後の議論の活性化に寄与すること大であろう。「技術者活性化の特殊解」を「ホワイトカラー活性化の一般解」に結びつけようとした著者たちの努力は奏効したといってよい。
本書には,現代を生きる技術者としての職業的自覚と責任感が通奏低音として流れているように思われる。職業人としての技術者の社会的役割期待に関しては,これまでにも多くの議論が行われてきた。例えば,ヴェブレンは産業社会の改革の担い手としての「技術者のソビエト(団結)」の可能性について語り,久保栄の「火山灰地」は悠久なる大地との対話を通じて戦前の日本資本主義の構造的矛盾に目覚めていく良心的な農事試験場の技術者を描き,最近では代替的技術戦略(オールターナティブ・テクノロジー)による社会的に有用なる生産に向けての技術者の役割についての議論が展開されている。こうした議論の背景には,現代産業社会における技術者の戦略的重要性の認識がある。そのような文脈からいうと,本書の中でも紹介されている「電機連合・技術者憲章」に表明されているような社会へのメッセージを著者たちからぜひ聞きたかった。もっとも,これは本書の主題をはなれたないものねだりの類いかもしれない。次回の研究成果の中には,ぜひそのような視点も組込んでもらいたいという希望を述べて結びとしたい。