歌は世につれ労働につれ

「ひろばユニオン」連載「散策・労働の小径」第1回(2012年1月号)


歌は世につれ労働につれ


労働は、誰にとっても身近な営みだ。何も小難しい理屈やお説教の世話になる必要はない。等身大の思考こそがふさわしい。ということで,筆のおもむくままのおしゃべりに,しばしおつきあいのほどを。

アイドル熱唱「労働賛歌

労働にこだわりながら、日常生活の中に時代の空気を読んでいきたい。とはいっても、肩肘張らずに、日常茶飯事、街の話題、ネットの流説、映画,アニメ,テレビドラマ,CM,J−POP,あるいはファッション等々、なんでもあり。あくまで身近な生活の中に、労働の今とこれからを考えるヒントをみつけていきたい。

さて,第1 回はJ −POP に歌われている労働をとりあげよう。「エッ,そんなものあるの?」って声が聞こえそうだけど,あるんだね,これが。もっとも,いささかレアものではあるけれど・・・。

およそ,歌舞音曲,映画,お芝居等々,エンタテインメントの世界で,労働が真正面からとりあげられることはあまりない。労働運動歌,労働モノ映画などが存在はするけれど,これらは普通の娯楽作品とは異なる,やや「構えた」特殊なジャンルに属し,昨今では絶滅危惧種の感もある。

そう考えると,労働とはもっとも縁遠いと思われる中高生アイドルの少女たちが,昨年11月23日の勤労感謝の日にあわせて労働への応援歌をリリースしたのは,ある意味画期的なことだった。ももいろクローバーZ (略して「ももクロ」)の『労働賛歌』である。

11月27日のたった1日だけとはいえ,オリコンシングルチャート・デイリー1 位。リリース後1 週間のCD売り上げ枚数4 万枚は「ももクロ史上最高の初動枚数」だそうだ。

 プロモーションビデオを見ると,半袖半ズボンの省エネスーツ,ネクタイ鉢巻き姿で飛びはねるももクロ5 人組はやたら元気がいい。けれども,何をいっているのやら,歌詞付きバージョンでないと,ちょっとついていくのは難しい。まあ,中高校生の子供たちのことだから,「労働」という言葉に,いまいち実感がわかないんだろうね。

ともあれ,歌詞を紹介しておこう。まず,歌い出し。

♪ 労働のプライドを今こそ歌おうぜ! 全員で叫べば勝てるかもしれないぜ! ドンペリ開けてるセレブじゃねえんだぜ! こちとら働いてナンボだ 労働 For You

そして,エンディング。

♪ 労働の喜びを今こそ歌おうぜ! 全員で叫べば見えるかも知れないぜ! プライドとハートでガッツリ労働  For You & Myself


若者たちへの応援歌

ところで,ももクロ5 人組はシンガーソングライターではないから,『労働賛歌』にはちゃんと仕掛け人がいる。作詞は筋肉少女帯の大槻ケンジ,曲をつけているのはイギリスのロックバンドTHE GO!TEAMのイアン・パートンだ。

知ってしまえば,なあーんだ,ということになる。

反抗を旨とするロック界の,とりわけパンクな人たちが「労働」をテーマにとりあげるのは,何も意外なことではない。現に大槻ケンジにも,初期の作品に『労働者M 』(88年)などがある。けれども,ロックが取り上げるのは,多くの場合,「労働させられる」ことへの反抗や怒りであり,労働を賛美するものではない。

ちなみに,『労働者M 』は次のように歌う。

♪ 「諸君,諸君らに夢はあるかー!? あるなら働けー努力だー!」「お言葉ですが先生! 努力で本当に夢がかないますか? 死んだ恋人が蘇りますか? ・・・

大槻ケンジ君,何か心境の変化があったのだろうか。思えば,バブル崩壊以降の20年余の歳月は,労働の誇りが傷つけられることばかりだった。それでも,挫けるなというメッセージがポップスの世界から発信されてきても,不思議なことではない。聞き手の中には,日々悩み,傷つきながら働いている多くの若者たちがいるのだから。

秋葉原と並ぶオタクの聖地・中野ブロードウェイをバックに登場した個性派アイドル「中野腐女シスターズ」が男装して演じている「腐男塾」(最近「風女シスターズ」「風男塾」に改名)の『勝つんだ』(09年)は,そうした若者たちを勇気づける直球ど真ん中のメッセージソングだ。 

♪ こんなにきつい仕事してんのに 「うぁー 給料 安!」 あー俺って何やってんだろう 久々彼女に電話かけたら 「えー 別れてほしい!?」・・・ 
 今日も一人 賑やかなTV観て 明日も早いから寝よう なんだよ 情けねーな この歳になって 涙が溢れてきやがった

今働くことは,せつなく,つらい,だけど負けるな,勝つんだ,ときわめてわかりやすい展開でたたみかけてくる。グッとくること請け合いだ。


労働ソングにじむ悲哀

実は,職業生活の悲哀というテーマは,J-POP の中にも伏流水のように連綿と流れている。

例えば,バブル絶頂期の89年にリリースされたユニコーンの最初のシングルCD『大迷惑』(作詞・作曲,奥田民生)は,マイホームをやっと手に入れたサラリーマンが,「悪魔のプレゼント 無理矢理3年2 ヶ月の過酷な一人旅」,つまり単身赴任を命じられるという「涙涙の物語」を歌ったものだ。この曲はユニコーンの代表作のひとつで,09年のバンド再結成の際のアンケートによれば,「アラフォー・アラサー」と「若者」の両世代で,ともにユニコーンソング・ランキング第1 位を獲得している。

この頃の奥田民生は,サラリーマン悲哀ものを結構手がけていて,翌90年には『働く男』などの作品をリリースしている。パフィーがカバーした『働く男』が,フジテレビ系列のアニメ『働きマン』(06年)のオープニングテーマになっていたので,ご記憶の方もいるかもしれない。

そういえば,09年2 月〜5月のユニコーン再結成全国ツアーのタイトルは「蘇る勤労」,その後の夏フェスは「日本の夏 勤労の夏」だった。前者は大藪春彦の『蘇る金狼』,後者はCMの「日本の夏 キンチョーの夏」をもじったもの。だから,ここで「勤労」の言葉にあまりこだわっても意味がないけれども,『大迷惑』も『働く男』も,ちゃんと演目の中に入っているところをみると,単なる洒落だけでもなさそうな気もする。

以上,何らかの形で「働くこと」を主題にすえたポップスをとりあげてきたけれど,実はラブソングなどの中でさりげなく表現されている職業生活の種々相の中にも,味わい深いものがたくさんある。

例えば,広瀬香美の『ロマンスの神様』(93 年12月) の歌い出しの一節などは,1990年代初頭に週休増を中心に進展した時間短縮の動きを,時代の気分も含めてみごとに切り取っている。

♪ 週休二日 しかもフレックス 相手はどこにでもいるんだから 今夜飲み会 期待している 友達の友達に

皆さんも,お気に入りの流行歌の中で,ぜひ労働ウォッチングを試みてください。きっと新しい発見,意外な出会いがありますよ。

歌につられて心に浮かぶよしなしごとの数は尽きませんが,今回はこの辺で。