人気ドラマ 主役は「家政婦」
『ひろばユニオン』連載「散策・労働の小径」第2回(2012年2月号)
人気ドラマ 主役は「家政婦」
40%の視聴率を稼いだ人気ドラマ『家政婦のミタ』。この家政婦という職業なぜドラマで多用されるのだろう。いま家政婦として働く人は2万人弱と少ないが、その職業的歴史はどのようなものか。
家政婦なぜ主人公
昨年は久方ぶりにTVドラマが活気づいた1年だった。ここ数年の低迷状況を打ち破って,2本の作品が平均視聴率20%超を達成した。直近のTVドラマ当たり年2007年の4本に次ぐ実績だ。
まず,4〜6月の『JIN―仁 第二期(完結編)』(TBS)が平均21.3%,最終回26.1%の数字を出した。そして,1年をしめくくる10〜12月には,『家政婦のミタ』(日本TV,主演松嶋菜々子)の快挙があった。
松嶋菜々子11年ぶりの単独主演作,無表情でミステリアスな主人公イメージ,市原悦子の人気シリーズ『家政婦は見た』(83年〜08年,TV朝日)を想起させるタイトルや番宣ポスター(ドアに半身が隠れている家政婦三田のポーズは『家政婦は見た』でおなじみのもの)等々,この作品は放映前から話題の種に事欠かなかった。そして,予想通り初回視聴率19.5%と,木村拓哉主演の『南極大陸』(TBS)22.2%に次ぐ好調なスタートを切った。
実はこの後の展開がすごかった。2回目以降視聴率低迷に陥った『南極大陸』とは対照的に,『家政婦のミタ』の視聴率はうなぎ登りで上昇し,最終回ではなんと40.0%の大台に乗せて,紅白歌合戦の41.6%に僅差でせまるところまで昇りつめた。
想像を絶する過酷な運命に翻弄されて,ほとんど異界の人になってしまった家政婦の三田が崩壊した家族の絆を再生させていく物語は,広範な人々の共感をさそった。心憎いほどドラマのつぼをおさえている巧みな演出もさることながら,作品のテーマが時代の雰囲気と共鳴した結果ともいえるだろう。家族を大切にしたいという思いが高まっているにもかかわらず,現実の家族は液状化ともいえる危機的揺らぎの中にあるからだ。
ところで,この物語の重要な道具立てのひとつに家政婦という職業がある。家庭内に存在する他者としての家事使用人は,いわば家庭のなかに置かれた他者の眼である。多くの文学作品や映画が,この点に着目して,家庭内の物語の語り手,あるいは狂言まわしとして,小間使い,女中,家政婦を登場させてきた。無表情な家政婦の三田が述べる透徹かつ辛辣な家族批判は,他者として家族の内に存在する者による内在的批判だからこそ迫力があったのだ。
家政婦は,必要な時だけ,請負契約にもとづいて家事労働を遂行する。家庭内に常時住み込み,主従関係のもとにしばられている女中に比べて,より独立性が高い。この独立性が,家庭内に客観的・批判的視点を設置して物語の筋を組み立てる上で有効性を発揮する。家政婦モノの一種独特の雰囲気は,この職業の性格によるところが少なくない。
家政婦の歴史
家政婦という職業の源流は大正時代にまで遡る。その背景には当時都市部で深刻化しつつあった女中不足問題がある。
日清・日露戦争期を境に,工業化が本格的に始動した日本の大都市では,女中不足の声が頻繁に聞かれるようになっていた。都市新中間層(サラリーマンの源流)の増加による女中需要増があったにもかかわらず,供給がこれに追いつかなかったからである。その原因は,まず第1に繊維産業に代表される工場労働などの女性にとっての就業機会が増えていったこと,そして第2に,女子労働者の意識面でも,次第に女中奉公の封建的主従関係や主人の横暴を忌避する傾向がみられるようになったこと,である。
大正期に入ると,女中不足問題はますます深刻化していった。この頃に書かれた「現代婦人の悩み」と題するエッセイの中で,婦人運動家の平塚雷鳥は,「産業革命は,今日,遂に私たちの家庭から,<中略>必要な助手である女中というものを,工場の方へ奪ってしまいました」と嘆息している(『婦人公論』1918年1月)。「女中払底」は「お屋敷」を構える上流家庭よりも,新興の都市中間層において深刻な社会問題と化し,当時の婦人雑誌がしばしばとりあげるテーマとなっていた。
こうした女中不足への対応策として,派出婦と呼ばれる臨時の女中を派遣する事業が考案された。1918年,東京四谷の婦人共同会による「派出婦」派遣事業がその嚆矢とされている。その後,派出婦会は大都市を中心に次第に普及し,昭和初年には,東京で約200事業所,大阪,神戸,名古屋,横浜などで20〜30事業所が活動していた。これが家政婦という職業の源流であり,家事サービス職業の主従関係から契約関係への移行,職業としての形成の転機になったといわれる。
派出婦には通勤と住み込みの両形態があり,「料理婦」「裁縫婦」「洗濯婦」「給仕婦」「美容婦」「病産婦付添婦」「雑用婦」などの職種区分があったが,雇用主は通勤よりも住み込みを希望することから大半が住み込みであり,需要の8割は炊事,洗濯,掃除など家事全般をこなす「雑用婦」であった。
消えゆく家政婦
派出婦は家事使用人のイメージを変えるインパクトはあったものの,女中に変わる職業分野に成長することはなかった。1930年国勢調査によれば,家事使用人約70万人中,通勤形態のものは3万人弱で,圧倒的に住み込みが多い。その大半は旧来の女中であった。
1920年代〜40年代の女中数はおよそ60〜70万人程度。これは,女性労働者の6人に1人に該当し,女性労働者の就業分野として,女中は繊維女工に次ぐ大きな比重を占めていた。
戦後期には戦前期の「女中の時代」が本格的終焉を迎え,派出婦にも大きな変化があった。1947年の職業安定法は限られた業務以外の労働者供給事業を禁止し,派出婦会の事業は当初認可対象とならなかった。1951年に派出婦を「家政婦」と名称変更して,有料職業紹介事業が認可された。この時,先行して事業を開始していた「有料看護婦紹介所」の大部分が「有料看護婦家政婦紹介所」の看板を掲げて兼業することとなった。『家政婦のミタ』に登場する「晴海家政婦紹介所」のレトロな雰囲気はこのような歴史的背景に由来する。
テレビドラマの家政婦モノは,この1月から筒井康隆原作のSFホームドラマ『家族八景』(TBS)がスタートするなど,あいかわらずジャンルとして衰えをみせない。けれども現実の家政婦はすでに終焉の時を迎えている。2000年国勢調査による家政婦数はわずかに18300人。しかもそのほとんどは家事代行業務ではなく,介護業務に従事している。
これからは,時代設定を過去におくドラマ以外では,家政婦モノは次第にリアリティを失っていくだろう。そう考えると,『任侠ヘルパー』(09年フジTV)の中の黒木メイサの勇姿は時代の先駆けをなすものであったかもしれない。さて,どのような展開になるのか,ドラマ・フリークとしては目が離せないところだ。