『天地明察』、『算法少女』と和算の草の根

 

冲方丁天地明察』、2009年11月30日発売、定価1890円(税込)、角川書店発行

遠藤 寛子『算法少女』(ちくま学芸文庫)、定価945円(税込)

2010年本屋対象を受賞した冲方丁天地明察』は本当に楽しめる傑作だった。碁打ちにして天文暦学者、和算家の渋川春海が、はじめての日本人の手による改暦を完成させるまでの苦闘を描いた、恋あり、冒険(活劇的冒険ではなく、知的探求の冒険)ありの、歴史大ロマンである。この物語のベースは、和算の草の根の広がりであろう。和算の営みが、陰気な専門家だけの狭い空間に閉ざされていたとしたら、とうていこの物語は成立しない。暦法和算をめぐって、常民をまきこんだ疾風怒濤の物語が醸し出されるような文化的空間が江戸時代には存在していたのだ。このことに着目した冲方は、まさに炯眼の士というべきであろう。アニメの『シュヴァリエ 〜Le Chevalier D'Éon〜』(2006-2007年WOWOW)の原作者として、ただものではないと思っていたけれど、やはり凄腕の作家のようだ。

和算の草の根といえば、奇跡の書『算法少女』を逸することはできない。和算書『算法少女』(安永4年、1775年刊)は、和算家の医師千葉桃三の娘が父親の協力の下に著わしたとされている。しかし、書中に本名の記載はなく、謎の多い書物である。
 遠藤寛子は、その謎に想像力の照明をあてて、少年少女向け歴史小説『算法少女』(1974年、岩崎書店刊。2006年、ちくま学芸文庫の一冊として復刊)を書いた。時代劇専門コミック誌『乱』の2010年5月号から、マンガ版「算法少女」((原作遠藤寛子 秋月めぐる作)の連載も始まった。そのうち、映画化の企画も出てくるかもしれない。楽しみだ。

「算法少女」の著者を推定し、日本数学史上の位置づけを明らかにするなど、パイオニア的研究を進めたのは、数学史家三上義夫である。代表的論考としては、次の論文がある。

  • 三上義夫「算法少女著者考」『東京物理学校雑誌』、東京物理学校同窓会、1934年、第五百六号(31〜35)、五百七号(57〜61)

三上義夫といえば、科学史の老舗ジャーナルISISの草創期の頃に、関孝和行列式に関する論文を載せていたことも忘れずにメモしておこう。

  • Yoshio Mikami, On the Japanese Theory of Determinants, ISIS, June 1914, Volume 2, Issue 1

世界水準の数学にひけをとらなかった和算の頂点とそのすそ野に広がる草の根の趣味家の集まり、という構図は、聖地秋葉原での電器工作プロ・アマ連続体の形成や、さまざまな分野での文化的営為の民衆的基盤の形成に連なる伝統のように思える。科学や学問に草の根は本当に存在しうるのか、その条件は何なのか。一度、本格的に考えてみたい。 

以下は、算法少女の参考リンク。