縦書きと横書き,どっちが早く読めるか
評者は,縦書きでも,横書きでも,どちらにも抵抗がありません。横書きも,左横書き(この文章のような)でも,右横書き(なうよの章文のこ)*1でも,どっちでもいけます。まだ,戦前の右横書きの印刷物や看板がかなり残っていた時代に育ったからです。
ですが,縦書きと横書きで,どっちが早く読めるかと言われたら,縦書きの方が断然早く読めます。日本語の文字は上から下に書かれるので,上から下に視線が動いていくのが自然なのかなあ,と漠然と思っていました。斜め読みで速読するときも,縦書きを右上から左下に視線を動かして読むほうが,左上から右下に視線を動かす横書きの場合よりも速くなるのも,やはり書字方向に規定された自然な流れなのかな,と。
だからといって,評者は,日本語は縦書きの方がいいと思ったことはありません。むしろ,「縦書き=古来の日本語表記」という類いの右翼的言説は根っから大嫌いです。TPOで適当に使い分ければいいじゃん,という立場です。横書き文献を引用することが多い専門的な文章の場合は横書きにすればいいし,縦書きと相性がいい(ように感じられる)文学や歴史は縦書きにすればいい,という立場(要するに,何でもありで,適当に使い分ければいいという考え)でした。
屋名池誠『横書き登場』(岩波新書)を読んで,こうした,なんとなくだらけの印象論的認識の間違いについて,蒙を啓かれるところ多々でした。上述した速読の場合の速さの違いの問題にもヒントを得たように思います。それは,文字を読むときの視線の動きが,評者の場合,マンガの影響を受けて,右上から左下へという動きが習慣となったのではないか,ということです。
マンガと小説は,いまでも縦書き表記が主流です。評者は文学にはそれほど親しみませんでしたが,マンガについてはほとんどオタクでした。文字を読むことを覚えたのは学校ではなく,祖母が読んでくれたマンガを門前の小僧風に習い覚えたことによります。昔の本はマンガでも漢字にはほとんどルビを振ってくれていたので,漢字も一緒に覚えました。マンガで覚えた文字は,かなも漢字も書けるわけではありません。ゲシュタルトとしてパタン認識しているだけです。書き方は,もちろん小学校に入ってから教わったわけで,かくて評者の日本語リテラシーは一応確立されました。
『横書き登場』p.66に次のような指摘があります。
(ラテン文字のような)音素文字では,一語をあらわすのに多くの文字が必要となり,文字を読むときは一字一字を読みとってゆくのではなく,語をあらわす語をあらわす文字列をひとつのまとまった形(ゲシュタルト)として一目で読みとることになる。こうした文字では文字列を一字ごとにばらしてしまうと,ゲシュタルトがくずれて,読みとりの効率が非常に悪くなる。・・・一方,日本語では長大なゲシュタルトは必要ないので,文字列全体を回転させる必要が乏しかったわけである。
たしかに,そうです。このくだりは,自分の文字読み体験に照らしても納得できます。けれども,この本の後の方で屋名池先生も指摘されているように,日本語でも単語単位のゲシュタルトがまったく必要ないわけではなく,あまりに表記方式が多様化すれば,単語単位のゲシュタルト形成も混乱してしまいます。そこで,単語単位のゲシュタルトの定着という問題をひとつの契機にしながら,縦書き,左横書き,右横書き何でもあり,しかも複数表記の並存を特徴としてきた日本語でも,次第に表記統一に向かっての流れが生まれてくることにもつながっていきます。
さて,ここで速読の問題です。日本語の文章を速読するやり方はいろいろあるのでしょうが,評者の場合はまったくの自己流で,ゲシュタルトとして覚えている漢字熟語と前後の基本的テニヲハだけを,斜めに読みとっていきます。誰でもが自然に身につけるやり方です。この時,縦書きを速読する時の,右上から左下へのスキャンのほうが,横書きを速読する場合の左上から右下への動きよりも格段に早くできます(のように感じます)。おそらく,マンガで育った筆者の場合,右上から左下へというコマの動きにあわせて,吹き出しの中などの文字イメージも一緒にスキャンしていく眼の動きと,そのイメージを読みとっていく作業を,体が覚えているのではないでしょうか。このように身に付いた視線の動きに加えて,ためこんだ単語のゲシュタルト・イメージも縦書き優位になっているのかもしれません。というのが私の暫定的な仮説です。さて,みなさんの場合には,いかがでしょうか。縦書きと横書きで速読の速さの差はありますか。あった場合,どちらの表記が早く読めますか。
速読する場合の速さが,縦書きと横書きでどのように違うのか,またその個人差を説明するものは何か,というテーマも,文字表記の問題の系論として結構面白いと思うのですが,研究はあるのでしょうか。どなたか,ご教示いただけたら幸甚です。
*1:江戸時代以前の日本には「一行一文字の縦書き」はあっても,右横書きはなかった,という屋名池誠先生の指摘には,ハッとしました。『横書き登場』p.9。